なぜ「ナポリタン」はイタリアに存在しないのか?~パスタを “おかず” に変えた、日本人の「編集力」~

喫茶店のテーブルに置かれた、銀皿のナポリタンと白いご飯、味噌汁の定食セット。
目次

イタリア人の困惑と、日本人の確信

イタリア人にナポリタンを食べさせると、決まって二度驚きます。

一度目は「これはパスタじゃない!」という怒りにも似た困惑。
アルデンテのかけらもなく、トマトソースではなくケチャップで炒められたその物体は、
彼らの知るパスタの定義から大きく逸脱しているからです。

そして二度目は、「……でも、美味いな」という静かな納得です。

私たちはナポリタンを「イタリア料理」だと思って食べてはいません。
かといって、単なる失敗作や劣化コピーでもありません。

あれは、日本人が「パスタ」という異国のアプリを、
「日本」というOS(基盤)の上で快適に動かすために、
ソースコードを書き換えた(編集した)、高度な創造物なのです。

なぜ日本人は、本場の流儀をあえて無視し、ナポリタンを生み出したのでしょうか?
その背景には、この国の食卓を支配する「絶対的なルール」がありました。

あえて「アルデンテ」を捨てた理由

ナポリタン最大の特徴であり、イタリア人が最も許せない点。
それは「麺の柔らかさ」です。

本場では「アルデンテ(歯ごたえ)」が命ですが、
日本のナポリタンは、茹でた麺を一晩寝かせて、
あえて水分を吸わせ、ブヨブヨにします。

これは調理の手抜きではありません。
確信犯的な「食感の翻訳」です。

日本人は古来より、「うどん」や「餅」のような、
口に入れた瞬間にふわりと広がる「モチモチ感」を愛してきました。
噛みごたえのあるアルデンテは、緊張感を生みます。
しかし、日本人が食事に求めるのは、多くの場合「安心感」です。

「パスタ」という未知の食材を、
お年寄りから子供までが安心して食べられるものにするために、
日本人はイタリアの正義(コシ)を捨て、日本の快楽(モチモチ)を選びました。
それは「劣化」ではなく、日本の舌に合わせた「最適化」だったのです。

イタリア式パスタと日本式ナポリタンの食感と味付けの違いを比較した図解イラスト。
アルデンテを捨て、モチモチを選んだ。それは劣化ではなく、日本人の好みに合わせた意図的な「仕様変更(スペックチェンジ)」だった。

「白いご飯」という最強のOS

では、なぜそこまでして最適化する必要があったのでしょうか?
答えはシンプルです。
日本の食卓というハードウェアにおいて、
OS(基本ソフト)は間違いなく「白いご飯」だからです。

この国では、米以外のすべての料理は「おかず(従属物)」になる運命にあります。
パスタも例外ではありません。
しかし、トマトの酸味が立った本場のパスタでは、白飯は進みません。
そこで日本人の「編集力」が発動します。

選ばれたのは、砂糖と旨味が凝縮された「ケチャップ」でした。
酸味を抑え、甘みとコクを足す。
これは、日本人が慣れ親しんだ「照り焼き」や「煮物」の味付けコードへの変換です 。

さらに、茹でるのではなく「炒める」ことで香ばしさを出し、
ピーマンの苦味で味の輪郭を整える。
この一連の魔改造により、パスタは気取った「主食」の座を降り、
「ご飯の横に寄り添う最強のおかず(副菜)」へとジョブチェンジを果たしました。

「炭水化物をおかずに飯を食うのか?」と海外の人は驚きます。
ですが、ナポリタン定食やお好み焼き定食が成立するのは、それらがもはや粉物ではなく、
「ご飯OS」上で動作するようにパッチを当てられた「おかずアプリ」だからなのです。

白いご飯を中心に、ナポリタンや餃子などの料理が衛星のように配置された「ご飯OS」の概念図。
日本の食卓のOSは「白いご飯」。すべての料理は、この白飯を進ませるための「アプリケーション(おかず)」として最適化される運命にある。

日本人の「編集力」は止まらない

ナポリタンは、戦後の物資不足の中で生まれた「代用食」が起源だと言われています 。
トマトがないからケチャップで。アルデンテを維持できないから茹で置きで。
最初は「あるもので何とかする」という、
間に合わせのブリコラージュ(器用仕事)だったかもしれません。

しかし、日本人の恐ろしいところは、そこで終わらないことです。
ホテルニューグランドのシェフたちは、その代用食を洗練させ、
ハムやマッシュルームを加え、銀の皿に盛ることで「憧れの洋食」へと昇華させました 。

外から来たものを、そのまま受け入れはしない。
一度分解し、日本の土壌(うどん食感・ご飯・弁当箱)に合わせて再構築し、
最終的にはオリジナルにはない価値(懐かしさ、濃厚さ)を持つ「別物」へと育て上げる。

この「編集力」こそが、漢字を「かな」に変え、
カレーを「国民食」に変えた、日本人の生存戦略そのものです。

パスタの木にケチャップやピーマンが実っている、接ぎ木をモチーフにした植物画風のイラスト。
日本の土壌に合わせて「接ぎ木(編集)」されたパスタは、イタリアにはない独自の果実を実らせた。

編集の味を噛み締めて

ナポリタンを食べる時、私たちは単にケチャップ味の麺を食べているのではありません。
異文化を柔軟に受け入れ、自分たちの心地よい形に直してしまう、
日本人の「たくましさ」と「柔軟さ」を味わっている
のです。

イタリアにはないけれど、日本人の心には深くある。
さあ、粉チーズをたっぷりかけて。
この国だけの「編集の味」を、今日も噛み締めようではありませんか。

参考文献・出典一覧

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この記事を書いた人

「日本リテラシー」の専門家・ナビゲーター。
「世界はなぜでできている」「豊かな日本を築いた名もなき功労者たち」編集長兼コンテンツライター。
翻訳・調査・Webマーケティング専門会社の経営者として25年以上にわたり、企業・官公庁向けにサービスを提供。
日本文化・歴史・社会制度への深い理解をもとに、読者が「なるほど」と思える知的体験をお届けします。

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