なぜ「おでんの具」ごときで、人はこんなに熱く語ってしまうのか?

居酒屋で湯気の立つおでん鍋を囲み、具材について熱く楽しそうに議論するスーツ姿の男性たち
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なぜ「おでんの具」のことで、大の大人がムキになるのか?

冬に居酒屋で、「ちくわぶ? あれってただの小麦粉の塊じゃないですか」と部下に言われ、
カチンときた経験はありませんか。

たかが数百円の煮込み料理の具材です。
本来なら「へえ、そうなんだ」で済むはずの雑談。

それなのに、なぜ私たちはおでんの話になると、
人格を否定されたかのように熱くなってしまうのでしょうか。

実は、私たちが無意識に守ろうとしているのは「味の好み」ではありません。

湯気の向こう側にある「育った家庭の風景」や「慣れ親しんだ地域の文化」、
つまり自分自身のルーツそのもの
なのです。

「好きなおでん種」は、実質的な自己紹介である

突然ですが、あなたの好きな「おでん種ベスト3」は何ですか?

この質問は、単純な味覚調査ではありません。
あなたが「どんな地域で、どんな家庭環境で育ったか」をあぶり出す、実質的な自己紹介です。

たとえば、「牛すじ」を1位に挙げる人。

その背景には、関西や西日本の食文化に親しんできた歴史が見え隠れします。
濃厚な旨味を愛し、しっかりとした出汁の味を好む傾向があるかもしれません。

一方、「ちくわぶ」を譲れないと言う人。

これは東京を中心とした関東ローカルの象徴です。
他の地域の人から見れば奇妙な物体でも、
彼らにとっては幼い頃から食卓にあった「当たり前の日常」なのです。

私たちが具材を語るとき、脳裏には無意識に「実家の食卓」が浮かんでいます。
だからこそ、それを否定されると、
自分の思い出や育ちそのものにケチをつけられたような痛みを感じてしまう。
具を選ぶ行為は、自分の過去を肯定する作業なのです。

夕暮れの茶の間で湯気を上げる土鍋のおでんと、昭和レトロな家族の食卓風景
好きなおでんの具を語るとき、私たちは無意識に「あの頃の食卓」を思い出している。

「おでん」という言葉の解像度が、地域によって違いすぎる

さらにおでん論争が厄介なのは、
「同じおでんなのに、イメージする画像が違う」という文化の断絶が起きるからです。

東京の人間が思い浮かべるのは、
鰹節と濃口醤油の黒っぽい出汁に、はんぺんやちくわぶが浮いている景色。

大阪の人間が思い浮かべるのは、
昆布の透き通った出汁に、牛すじやタコ串が踊っている景色。

この二人が会話をすると、「おでんに行こう」と合意したはずなのに、
店に入った瞬間どちらかが「これは違う」と違和感を抱くことになります。

それぞれの地域が、自分たちの風土に合わせて磨き上げてきた「正解」を持っています。
だからこそ、他地域のスタイルに出会ったとき、小さな拒否反応が本能的に出てしまうのです。

しかし、この「話が噛み合わない」という現象こそが、
日本の食文化の面白さを表しています。

関東風の濃い出汁とちくわぶ、関西風の透き通った出汁と牛すじのおでん比較図
同じ「おでん」でも、関東と関西では全く別の料理に見えるほど景色が違う。

私たちは「世界でも稀な “多様性” を持つ鍋」を当たり前に食べている

「牛すじ vs ちくわぶ」だけではありません。
視点を広げると、日本列島は驚くべき「おでんワンダーランド」であることが分かります。

静岡に行けば、真っ黒な出汁に「黒はんぺん」が入り、だし粉をかけて食べます。
金沢に行けば、香箱ガニの甲羅に身を詰めた「カニ面」という豪華な具材が鎮座しています。
沖縄に行けば、「テビチ(豚足)」が主役になり、季節を問わず食べられています。

南北に長い日本列島の中で、各地がその土地の特産品を練り込み、
独自のおでん文化をガラパゴス的に進化させてきました。

紀文食品の調査によれば、主要なご当地おでんだけで29種類以上、
おでん種に至っては162品以上も確認されています。

「おでん」というたった一つの単語の中に、
これほど多様なバリエーションが詰まっている鍋料理は、世界を見渡しても稀でしょう。

私たちが「邪道だ」「正解だ」と論争できること自体が、
この国の食文化がどれほど豊かで、厚みのあるものであるかを証明しているのです。

日本地図上に静岡の黒はんぺんや金沢のカニ面など各地のご当地おでん具材を配置したイラスト
南北に長い日本列島は、世界でも稀な「おでんワンダーランド」だ。

おでんは日本版「ソウルフード診断」である

たかがおでん、されどおでん。

具材の好みひとつに、その人の「育ち」「地域性」、
そして「日本の豊かな食文化」が全部煮込まれています。

そう考えると、飲み会での論争も、違った景色に見えてきませんか?

部下が「ちくわぶは小麦粉です」と言ったとき、ムキになって反論する必要はありません。
「ああ、君の地元にはなかったんだね。西の方の出身?」と返せばいいのです。
それは相手の背景を知るきっかけになります。

逆に、自分が理解できない具材を熱弁されたら、
否定する前に「へぇ、そういう食卓で育ったんだ」と面白がってみる。
それは、相手の人生の一部を肯定することにつながります。

おでんは、互いの違いを可視化する、日本版「ソウルフード診断」です。
正解を決めようとするとケンカになりますが、
この国の豊かさを味わうゲームだと思えば、これほど盛り上がる話題もありません。

今夜、誰かと「おでん、何が好き?」と話してみませんか。
それは一番手軽で、意外と深い、互いの人生を語り合う時間になるはずです。

参考文献・出典一覧

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この記事を書いた人

「日本リテラシー」の専門家・ナビゲーター。
「世界はなぜでできている」「豊かな日本を築いた名もなき功労者たち」編集長兼コンテンツライター。
翻訳・調査・Webマーケティング専門会社の経営者として25年以上にわたり、企業・官公庁向けにサービスを提供。
日本文化・歴史・社会制度への深い理解をもとに、読者が「なるほど」と思える知的体験をお届けします。

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